3階 人類の歴史

 
西   暦 場   所
B.C. 30xx 日本・本州中部
ある偉大なムラ長

bc30xx

 黒曜石。黒く光るその石は、この時代矢尻の材料として珍重された。中でも良質な黒曜石の産地である現在の長野県霧ヶ峰の麓には、大きなムラがいくつも築かれ、各地から人が訪れた。様々な文物が行き交い活気あふれる場所。
 また、ここの人々は盛んに豪華な土器を作り、それも自慢の一つであった。現在の相模地方や多摩地方など、関東西部にも同じ土器文化が続いていたが、その人々にとっても、ここは憧れの場所だったのである。

 ある時、二人の若者が、この麓のムラにやって来た。二人は西の地方で起きた「もめ事」の仲裁を頼みにきたのだ。噂では、ここのムラ長が味方に付けば、「もめ事」で相手を黙らせることが出来るという。
 しかし、その長らしき人物が、あまりに気取らないことに、若者達は驚いていた。

「おい、あれが本当にここの長か?」
「あぁ、そうらしいぞ」
「ずいぶん緩んだ顔だな」
「あぁ、俺もそう思った」
「第一見ろ、イノシシの子どもが、周りをうろちょろしてるじゃないか」
「あぁ、威厳もなにもないな」

 いぶかしい表情で、若者達は彼を見た。それに気付いた長と呼ばれる男は、笑いながら言った。

「おい、どうしたお若いの。はるばる西から来たそうじゃないか。向こうは暖かくて羨ましい。俺も若い頃はあんたらのムラを何度か訪ねたが、今はもう歳だ。こうしてイノシシと遊び、犬ころと散歩して、あとはマメを作るくらいの毎日だ」

 若者達は首を傾げた。

「どうも噂と違うぞ。ここの長は黒曜石の山の主で、どんなものでも手に入れるって話だった」
「あぁ、それなのに、翡翠くらいしか身に付けてない」

 そんな若者達の気持ちを知ってか知らでか、長は笑いながら言った。


「お二人さん、おおかた「もめ事」の相談にでも来たんだろう。ご苦労なことだ。だが俺に何かを決める力はない。ただの男だ。どうせお前さん方の相手も、そのうち人をよこしてくるだろう。そうしたら俺の見てる前でよく話しあえ。大体それで納まるさ」

 男はそう言って笑いながら、二人を自分の家に誘った。逆に気後れする若者達。

「まぁとにかく、メシでも食え。ここのマメは甘くて大きいぞ。去年の秋のドングリも上々だ」

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 縄文中期と呼ばれる約5,500〜4,500年前。中部山岳地域から関東地方西部にかけては、遺跡数、規模ともそのピークを向かえる。
 特に黒曜石産地の直下を含む霧ヶ峰南麓から八ヶ岳西南麓には、遺跡が密集する。この信州産の黒曜石は石器の材料として優れ、各地に運ばれていた。
 さらにこの地域では、特に絢爛豪華な土器が作られており、遺跡の推移などからも、文化的な中心地であったと考える研究者も多い。国宝土偶「縄文ビーナス」の出土地もここにある。

 無論、上記のムラ長はフィクションであるが、あるいは偉大な指導者の存在も繁栄の一因であったかと、想像したくもなる。

主な参考文献
■ 鵜飼幸雄 2010 シリーズ遺跡を学ぶ071『国宝土偶「縄文ビーナス」の誕生 棚畑遺跡』新泉社
 

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